コソボ紛争の後に米欧関係は悪化した・・・に関する記事

質問
コソボ紛争の後に米欧関係は悪化したのですか?イラク戦争の際にフランスやドイツが反対してかなりギクシャクした関係になったのは覚えています。またイギリスでも戦争の正当性や犠牲者などの関係で反米運動があったように記憶しています。コソボ紛争の際にも米国と欧州の関係は悪化したのですか?具体的に反対国があったのでしょうか?NATOが一致して行動していたような印象で、イマイチピンときません。ご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。(以下、一部抜粋)http://www.asyura2.com/07/war90/msg/497.htmlアメリカと冷戦時代から同盟関係にある国々との関係が「疎遠になりつつある」という証拠は確かに存在する。特にヨーロッパではこの傾向が強く、一九九〇年にNATOによって行われたセルビアに対する戦争とそれによってもたらされた破滅的な状況は米欧関係にダメージを与え、ヨーロッパ連合はNATO要するにアメリカとの軍事同盟軍とは別個の、独立した軍事機構の創設を考えるようになったくらいだ。イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどは、安全保障を自分たちの手で整えるために、ゆっくりとではあるが着実に、軍事の指揮権を掌握しなければならないことに気づいたのだ。彼らは冷戦の頃と比べると明らかにアメリカの命令を聞くことに熱心ではなくなっている。あの日本でさえも、独自の行動をしようとしている。.さらに、ヨーロッパと北東アジアを守ろうとするアメリカの熱意にもかげりが見え始めている。世論調査や議会で出される意見などによれば、アメリカは世界の「やる気のない保安官」であり、両戦略重要地域におけるアメリカの軍事的な役割は、むしろ減少傾向にあることを示している。

回答
一切悪化していません。それどころかこの時は同じ国連安保理決議の授権を迂回した行動であったにも係らず、イラク戦争とは異なり欧州諸国は米国を強力に支援しました。このときのNATOの作戦名は「同盟の力」作戦というものなのですが、その名の通り、NATOの結束は強固に維持されました。米国のオルブライト国務長官(当時)などが後に言っていることなのですが、米国は空爆直前のランブイエ会議のとき、もし和平が成立しなかったら攻撃しなければならないが、その時に欧州諸国がしっかりついてくるのかどうかについてかなりの懸念を抱いていました。ところが蓋を開けてみると、欧州諸国はむしろ米国が驚くほどに強力に軍事作戦を支持したので、米国はむしろ驚嘆したという話さえあります。このとき、ちょうどNATO結成50周年(1999年4月)と時期がダブっており、NATO東方拡大の正式承認や同盟の新しい「戦略概念」の策定なども行われたのですが、空爆の最中にも係らずこれらの式典も全く滞るところなく行われました。NATOの結束は維持され、欧州の紛争解決のために引き続きNATOの存続が不可欠であるという意識が同盟国間で共有されたのがコソボ空爆でした(尤も、後に欧州はこの攻撃で米国の軍事力に頼りすぎたことを若干後悔して、EU独自の軍事力を構築しようとする作業に着手してはいますが、それはNATOと独立したものではなく、NATOを補完する形として行われました)。同じ安保理決議を迂回した行動であったにも係らず、イラク戦争と明らかに欧州諸国の対応が違うのが分かると思います。それは欧州がボスニア紛争の経験からコソボでの「人道的干渉」の論理を強力に支持したからでした。イラクでは米国は似たように大量破壊兵器を開発するフセイン政権への「先制攻撃」を主張したのですが、これは支持を得られませんでした。支持を得られるかどうかは安保理決議の存在如何によるのではなく、軍事力行使の正統性を同盟国に受け入れさせることができるか否かであることがここから分かります。

出典:Yahoo!知恵袋

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